平等とは、どんなことなのでしょうか?
私たちが間違えてはいけない大切なことがここにあります。
身体的な何か一つをとっても、人はそれぞれで、一人ひとり違いがあるのが当たり前です。ですから、そんなことを考慮せずに皆を同じ扱いにすることは平等なのではなく、一人ひとりの違いに応じて補い合うべきところを補い合うことで、皆が平等になるのではないでしょうか。
私の体験を話します。今から30年程前、まだ2歳になる前の私の子どもを連れて、アメリカのユニバーサルスタジオに行ったことがあります。入口にあった大きなサメ(ジョーズ)の大きな口に怯え、ユニバーサルスタジオの広さに圧倒されながら、あるアトラクションの長い長い列の最後尾に並びました。それから始まる長い待ち時間を、なかなかじっとしていられない幼い子どもとどう過ごすことになるのか、心配しながら列に並んでいると、まもなく黒いサングラスにダークスーツを着た数名の人たちが私たち家族を取り囲み、私たちをその列から連れ出しました。ドキドキしながら私たちが連れて行かれたのは、なんとその長い列の先頭でした。しかし、誰も不平を言わず、にっこり笑って私たちを前に入れてくれたのです。そしてそれは、以後どの列に並んだ時も同じで、レストランに入ってもそうでした。それは私たちが小さな子どもを連れていたからでしたが、何があっても、どんなに大変でも皆が並ぶのが当たり前と思っていた私に、みんなが同じであることが平等なのではなく、経済的・社会的に不利な立場にある人には、それを補う事で平等になるんだということを実体験として教えてくれた出来事でした。
平等とは、だれにも同じ対応をするということではなく、それぞれの必要に応じた対応をそれぞれにするということで、それが当たり前の社会にしていかなければならないと思います。(時枝)