就職差別を前にした子どもたち

就職差別を前にした子どもたちの思い

《求人票に記載のない色覚検査を実施されたA》

Aは自動車整備関係の仕事に就くことが小さいときからの夢だった。小学校4年生の時に石原式の色覚検査が小学校であり、色覚に問題があると指摘されたが、生活上困ることは何もなかったので、誰にも言わずに高校3年生まで頑張って勉強してきた。いよいよ待ち望んだ就職試験の時を迎え、求人票の中から色覚検査の記載がない事業所を選び受験をするが、受験会場に行くと、一番最初に、記載のなかったはずの色覚検査がなされた。ずっと夢だった仕事だっただけにAは大ショックで、以後の筆記試験や面接試験は頭が真っ白で、何も出来なかったと学校に帰ってからも肩を落とし、涙を流した。

《住んでいる所を問われたB》

Bは繁華街に家があり、自分の住んでいるところが風紀上良くないと思われてはいないか気にしていた。面接が始まると、いきなり「家はどのあたりかなあ」と面接官から問われ、「学校の指導によりお答えできません」と学校で教わったように答えたいと思いながらも言えず、「○○のあたりです」と答えてしまった。すると面接官は、「ああ、そうか、○○のところやな、じゃあ小さいときから鍛えられて育ったんやな」と発言した。面接官に悪意はなかったのかもしれないが、受験生にはとても胸に突き刺さる言葉で「きつかった」とBは学校に帰ってから話した。「生まれたところは私とは何にも関係ないのに、なんであんなこと聞かなきゃいけないんだろう。それで私の何が分かるのだろう。」とBは肩を落とした。

《兄姉・家族のことを問われたC》

「負けられません、あの会社に入社して会社を変えたいです」
Cは面接試験でその会社の社長から「兄姉について」、「お父さんの仕事は?」と質問を受ける。Cは学校で学習したことを思い出して、「学校の指導によりお答えできません」と答えた。すると、面接をしていた社長が、「なぜこんなことを聞いちゃいけないんだ」と腹を立て、机をたたいて面接会場から出て行った。そして後日、不合格の通知が届くが、学校・ハローワーク等の取り組みで事業所は不合格を撤回する。合格になったがそんな状況での入社は厳しいのではないかと周囲の者は思ったが、この生徒は「負けられません、私はあの会社に入って、会社を変えていきたいです」と話し、入社した。すると、それまでされていなかった人権研修がこの会社で始まり、その結果職員の意識も変わっていった。そして、誰よりも一番学び、変わったのが机を叩いた社長で、この生徒の入社を今一番喜んでいるという報告が学校に届いた。人権の視点がどれだけ大切かということを教えてくれる事例だ。

《「親があんなだから」D》

Dは家庭に課題のたくさんある生徒だった。就職試験受験に向けての面接練習を終えて話をしていた時に、Dはぽつりと言った。「先生、俺みたいな人間が就職差別を受けるんやろう。人権学習で就職差別の勉強をしたんやけど、就職差別されるのは、俺みたいな人間なんやろう。親があんなだから。あんな親のせいで会社を落とされたりするんやろう。」「今生きているだけでもたいへんなのに、親のせいで差別なんか受けるんなら死んだ方がいい。」
私は、「いやいや、親は合否にまったく関係ないし、そんなことがあったらいけないって人権学習で勉強したんじゃないか。そんなことは心配しなくていいし、逆にそんなきつい中で生きてきたからこそ、Dは誰でもないDとして成長できたんじゃないか。だから今のDがあるんじゃないか。Dもそう思うだろう。だから、心配せず精一杯自分を出して受けてこい。本当の自分を出してこい。落ちたら落ちたでいいやないか。力が及ばなかったというだけだ。親がどうこう言う会社なら、そんな会社行かん方がいいし、先生たちも黙っちゃいない。嘘は言わなくていい。きつい中を精一杯に生きてきたありのままの自分を隠さず出してこい。自信持って、頑張ってこいよ。」と話し、送り出した。 結果は残念ながら不合格。がっかりしているDに「親のことで落ちたんか」と聞くと「いや、違うと思います」とDは答えた。「なら大丈夫だ。力が足りなかったということだろう。もっと力をつけろということだな。そのことが分かったならよかったじゃないか。人として誰にも負けない力をつけろ。」と励ます。こんなきつい環境の中でも自分と向き合い、頑張っている子どもこそ、会社は採ってほしいと思う。

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